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Tribute to Godfather of Sudoku:「数独」の名付け親、鍜治真起社長

「ゴッドファーザーオブ数独」としてロジックパズル(ペンシルパズル)を世界に広めた鍛治社長とニコリ社。米国進出やEU展開の際に一緒にお仕事できたことは、弁護士として私の誇りであり、土台でもあります。


パズルで世界展開をしたニコリの戦略:切り売りではなく、ライセンスへ

数独を世界展開する際、課題となったのは「パズルをどのようにビジネスにしていくか!?」でした。というのも、ニコリ社のパズルはヒューマンメイド(人が解き味や面白さを吟味・追求し、選ばれたパズルのみを公開する)でしたが、米国やEUにある多くのパズルはコンピューターメイドで人の手や思考があまり加えられていない大量生産型パズルが主流となっていました。そして、コンピューターメイドのパズルは、出版社などには、1問$5以下で”売り切り”で取引されていたのです。


圧倒的なブレイン(多くの社員が一流大学の卒業で、皆が素晴らしい特技の持ち主)とパズル愛から、ニコリ社は、世界のパズル競合相手よりも圧倒的なストック数を持っていたものの、時間をかけて作ってきたパズルを安価に手放すわけにはいきません。ニコリ社としては、海外の取引は”売り切り”ではなくライセンス(出版物におけるパズルの使用許諾を販売し、パズルの権利はニコリ社に帰属するというもの)ビジネスを狙うという作戦にでます。


ライセンスへの2つの壁:著作権と商標権

しかし、ここで大きな問題がありました。ライセンスとは、知的財産権の使用を認め、その対価としてロイヤリティーを受けるという性質となりますので、交渉を有利に進める上ではそれなりの”強い”権利が必要となります。そこで、私たちが注目した知的財産権が2つありました。1つ目は、著作権です。著作権とは、文学、学術、美術、音楽などの人間の思想や感情の創作的表現を保護する法律です。残念ながら、ロジックパズルの多くは数学や物理の問題と分類され、それらはアイデアではあるものの創作的な表現ではないと判断されることが一般的で、著作物として保護されません。これが、多くのパズルが$5以下の売り切りとされていた理由でもあります。


ライセンスビジネスをしていく上でもっとも大きな武器となりうる著作権が使えないということで、次に私たちが注目した知的財産権は商標権でした。商標権とは、商品やサービスの目印(識別力のある)となるマーク(商標)を保護する法律です。ニコリ社は、「数独」の商標権を日本で保有していました。知的財産権は地属性なので、日本の権利は米国などの海外には及びません。ですので、ニコリ社は、ビジネスを展開する各国で商標権の取得を目指す必要がありました。しかし、ニコリ社が海外進出を本格的に展開するよりも前に、「数独」ブームが米国やイギリスで起きてしまっていて、それに伴い「数独」という名前だけが1人歩きし、多くの出版社などがそのブームに乗るために「数独」という名称を使用する事態が起きてしまいます。


米国の商標権は、日本とは異なり登録ではなく使用主義を基礎としています。これは、先に商標を使用した人がその市場で権利を取得するシステムです。その点で言えば、ニコリ社が米国において商標権を取得することができるのですが、問題は、あまりに多くの人が勝手に「数独」名称をビジネスで使い始めてしまったことでした。知的財産権とは取得すれば良いものではなく、権利行使をするために獲得する権利です。よって、その権利を侵害されるリスクがあれば、訴訟という手段を使ったとしても徹底的に権利の保護に努めなければなりません。権利行使を徹底しないことは、その権利を放棄・損失してしまうことになるわけです。


一人歩きする「数独」を海外展開するには?!

世界における数独ブームはニコリ社にとっては追い風であったものの、商標「数独」が勝手に使われてしまう状況があまりのスピードで発生してしまい、「数独」というマークが一般名称とされてしまうリスクが発生してしまったのです。一般名称となっては、商標権を基本とするライセンスはできません。ライセンスビジネスを目指すニコリ社にとっては、商標権は最後の砦となると考えていた私は、商標権の保護を当然に主張していました。他方、ここまで商標「数独」が勝手に使われていると、中小企業であるニコリ社が世界で権利行使していくのは現実的に難しいという問題があります。ライセンスを有利に進める為の知財を守るのか。リソースに限界があるニコリ社が、実際どこまで権利行使できるのか。それとも、知財なしでライセンスを目指すか。パズル業界ではライセンスは皆無なので、知財なしでは難しい。そうなると海外展開自体を諦めることになる、といった難しい議論を、鍛治社長とその当時の役員3名の方と話し合いをしたのです。


最終的に、鍛治社長は「数独」という商標権は世界で放棄することに決めます。米国の大手出版会社2社と交渉することが決まっていたのですが、その際、知的財産権を中心としたライセンスの話をすることはできなくなったのです。そのことから、交渉については、知財の説明をするはずだった私から、鍛治社長とその当時副社長であった後藤さんにバトンタッチすることになりました。英語の交渉もお二人が行い、ニコリ社のパズルはコンピューターメイドでは出せない解き味があることを主張していきます。


パズルのライセンスビジネス獲得までの道のり:ヒューマンメイドのパズルと鍜治社長の魅力

交渉相手の出版社からは、ヒューマンメイドとコンピューターメイドのパズルの差を消費者が認識するか?という鋭いツッコミが入ります。知財があれば、こんなツッコミはないのにな・・・と私は思いつつ、このツッコミに対して鍛治社長と後藤さんは、「コンピューターメイドは大量生産なので、作り手が全てのパズルを解いているわけではない。そんな中、面白いパズルをどのように見分けるのか?もしパズルにミスがあったら気付くのか?読者から質問があった場合、対応できるのか?ニコリ社は、提供するパズルを全て吟味している。自分たちが面白いと思ったパズルしか提供しない。アフターケアを含めて、ニコリ社は出版社が安心して売れるパズルを提供する。それだけではなく、パズルというエンターテインメントを世界に広めるサービスも提供できる」と説明をします。


その時、鍛治社長が出版社に説明したお話を私は今でも覚えています。「パズルは、単なる暇つぶしです。脳トレではないのです。私はパズルは、読者がハイキング気分でやる山登りみたいなものであって欲しいと思っている。どこから登っても面白い。途中で諦めて下山しても面白い。解き方は一つでない方がいい。ニコリのパズルは、そんな楽しみ方ができるパズルなんですよ。」鍛治社長には、説明ができない魅力・カリスマというものがありました。英語はかなり下手なのですが(笑)、鍛治社長のお話は誰もがじっくり聞き入ります。そして、パズルはエンターテインメントと説明する鍛治社長が、何よりも人を笑顔にするのです。それは、私が知財などの法律のお話をするよりも、圧倒的に出版社には説得力がありました。


結果、ニコリ社は、パズルのライセンスビジネスを獲得することになります。知的財産権の保護を受けず、ペンシルパズルでライセンスビジネスしているのは、後にも先にもニコリ社だけだと思います。一般的に1問$5以下の扱いとなるパズルですが、ニコリ社の場合は、1問$30ドル以上。複数の出版物やイベントディールがあったので、大きいところでは1問$100ドル以上ということもあったかもしれません。おまけに、売り切りではなくライセンスです。権利は相手に譲渡せず、ニコリに残ります。よって、契約上の縛りがなければ、テリトリー(国)を変えて、ニコリ社は同じパズルを複数回使い回すことができるのです。それと、驚くべきことは、交渉した大手出版社2社どちらからも、同時にライセンス出版が決まったことです。この2社はライバルなので、どちらか一方でも決まれば良いと考えていたのですが、両社ともにライバルがニコリ社のパズルを同時期に出版することを認めてくれたのです。「マキ・カジと是非ビジネスがしたい」というのが、両社がライセンスに応じてくれた最大の理由で、この2社(や当時の出版担当者)とは今でもニコリ社は深い絆で結ばれた付き合いをしています。


ライセンスが決まったのはとても嬉しいことですが、交渉で役に立てなかった若かりし頃の自分は少し落ち込んでいました。それを見て、「ヒロ、契約の詰めは任せた。今日はいい酒が飲めそうだ。」とお酒好きの鍛治社長が言ってくれたのです。この時から、契約書の読み方、書き方を徹底的に勉強したんだな、ということを今回思い出しました。


商標権の放棄は「Brilliant Mistake(最高のミス)」

実は、この時のニコリ社のライセンスビジネスがきっかけで、鍛治社長はNew York Timesからインタビューを受けています。その記事は、なんとビジネスセクションのトップ1面の記事でした!New York Yimesは、ニコリ社が海外進出する際に鍛治社長が商標権を放棄したことにとても興味を示しました。「商標権を取得しビジネスをするのが当たり前の中、ニコリ社と鍛治は、より多くの人にパズルを楽しんでもらうことを選んだ。結果、それが世界での数独ブームとなったのだ。」そして、商標権を放棄した事実を、New York Timesはビジネス上の”Brilliant Mistake(最高のミス)”と評してくれたのです。


今回鍛治社長がお亡くなりになられて、New York TimesはTribute記事を書いてくれています。


世界で愛されているパズルを広めた鍛治社長。アメリカ、ヨーロッパはもちろん、アフリカなど色々な国に自費で旅行しては、パズルの楽しさを伝えていました。New York Timesだけではなく、BBCなど世界のメディアで鍛治社長の訃報が伝えられ、特集がされていたのを見た時、改めて鍛治社長の凄さを知りました。そんな鍛治社長と一緒にお仕事ができたことを、心から感謝しています。


鍛治社長のパーソナリティを紹介したく、以前、個人ブログでも記事を書いていました。



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