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STOKセミナー「企業の無意識が引き起こす報復行為(差別)リスク」開催報告: Q&A篇

2025年8月25日、STOK主催のオンラインセミナー「企業の無意識が引き起こす報復行為(差別)リスク」(担当講師:内藤博久)を開催し、60名を超える皆様にご登録いただきました。早朝にもかかわらず日本から、そしてアメリカの様々な州からご参加いただき、心より感謝申し上げます。


本セミナーでは、米国ビジネスにおいて最も身近で、かつ最も警戒すべき訴訟の一つである「報復行為の差別訴訟」に焦点を当てました。報復行為訴訟は、しばしば懲罰的賠償の支払いを命じられる傾向があり、企業が敗訴した場合の経済的ダメージは甚大です。さらに、その「陰湿なイメージ」からメディアに取り上げられることが多く、企業にとって深刻なレピュテーションリスクをもたらします。まさに、報復行為は一度の訴訟で米国ビジネスの存続を脅かすほどの破壊力を持ち、そのリスクは年々上昇していることをご紹介いたしました。また、セミナーでは、この強力なリスクから企業を守るための具体的な対策についても深く掘り下げました。


以下に、セミナー中に寄せられたご質問とその回答をまとめましたので、ぜひご活用ください。


Q&A まとめ

1.人種差別と肌の色の差別の違いは?

A. 「人種差別 (Racism)」は、特定の民族的背景、文化、祖先など、人種に関連するあらゆる側面を理由とした差別を指します。例えば、日本人であるという理由で職場で不当な扱いを受けるケースがこれに該当します。一方、「肌の色の差別 (Colorism)」は、肌の色の濃淡に基づいて個人を差別する行為です。例えば、「肌の白い従業員だけを優遇する」「肌の色が濃い従業員を不利益に扱う」といったケースが挙げられます。


2.差別訴訟はEEOC(雇用機会均等委員会)に申立てなければならないのでしょうか?

A. 差別訴訟を提起する前には、「行政救済の前提条件 (Exhaustion of Administrative Remedies)」と呼ばれる手続きを完了する必要があります。これは、EEOCまたは州の行政機関に苦情を申し立てる(Chargeを提出する)ことを意味します。この手続きの目的は、訴訟に至る前の和解や調停の機会を設け、司法システムの負担を軽減することにあります。

EEOCと州の行政機関の両方に申し立てが可能な「Dual Filing(二重申請)」制度により、州機関への申立てでも連邦法上の権利が保護されます。基本的にはEEOCへの申立てが「必須」とされていますが、カリフォルニア州やニューヨーク州のように、州法に基づく救済措置に直接訴えることができる州も存在します。


3.Back PayとFront Payの違いは何ですか?

A. 「Back Pay」は、雇用主による差別や不利益な扱いがなければ、被害者である従業員が得られていたはずの過去の賃金や手当を指します。賠償額は、不当な扱いを受けた日から裁判の判決日、または和解成立日までの期間で算出されます。

これに対し、「Front Pay」は、従業員が元の職場に復帰できない場合に、将来発生する賃金の損失や、将来得られるはずだった金銭を補償するものです。算出にあたっては、被害者の年齢、職種、再就職の可能性などが総合的に考慮されます(*ただし、従業員は再就職のための活動などをし、減額義務に努めなければならない)。

企業は、裁判でBack PayとFront Payの両方を支払うよう命じられる可能性があるため、留意が必要です。


4.報復行為は、保険でカバーできますか?

A. 報復行為差別を含む雇用関連の訴訟リスクは、「雇用慣行賠償責任保険 (Employment Practices Liability Insurance, EPLI)」という専門保険でカバーされる場合があります。しかし、EPLIは、故意または悪意のある行為による損害は保険の対象外となることがあるため、注意が必要です。

このような背景から、セミナーでも強調したように「ホットラインの導入」が極めて重要となります。ホットラインの導入は、企業が問題解決に「真摯に取り組んでいた」ことの客観的な証明となり得ます。これにより、たとえ訴訟に発展した場合でも、企業が「悪意を持って故意に報復を行ったのではない」という心証を裁判所や陪審員に与えることが期待できます。保険によるカバーがない場合、報復行為による甚大なダメージを考慮すると、企業は和解圧力にさらされ、たとえ勝訴の可能性があったとしても、早期和解を選択せざるを得ない状況に陥るリスクが高まります。


5.なぜテキサス州では報復行為など差別訴訟が多いのですか?

A. テキサス州で報復行為や差別訴訟が多い背景には、いくつかの要因が考えられます。まず、州全体の労働者数が多いため、自然と訴訟リスクが高まります。また、テキサス州の労働者保護法は、他の州と比較して「企業寄り」な側面があるため、従業員保護の観点から企業が強気な姿勢を取りやすく、トラブル発生時に社内での解決に至らず、訴訟での「殴り合い」に発展しやすい実情があります。

さらに、カリフォルニア州やニューヨーク州のように従業員保護を重視する州では「Speak-up culture(声を上げやすい文化)」の醸成が進んでいる一方、テキサス州ではそのような文化が十分に根付いていない企業が多く見られます。このため、従業員は社内で問題を解決することが困難と感じ、外部機関や弁護士に頼らざるを得ない状況が生じやすいと考えられます。


6.FMLA(家族医療休暇法)を使用している従業員を規則違反で解雇する場合、報復行為と見られないようにFMLAから帰ってきてからどれくらい時間を開けて懲戒処分するべきでしょうか?

A. この質問に対する「〇ヶ月待てば安全」といった明確な期間の回答は困難であり、すべてはケースバイケースで判断されます。FMLAからの復帰後すぐに懲戒処分を行うと、「FMLAを取得したことへの報復ではないか」という因果関係が時間的近接性を理由に主張されやすくなるのは事実です。この点のみに焦点を当てれば、数週間程度の時間を置くことが良いというアドバイスもあり得ます。

しかし、規則違反が非常に重大で、会社の運営や他の従業員に悪影響を及ぼす可能性がある場合は、懲戒処分を遅らせることが得策ではないケースも存在します。また、規則違反がFMLA取得前に発生したのか、FMLA期間中に発生したのかによっても対応は異なりますが、原則として、規則違反が発覚してから不必要に懲戒処分を遅らせることは、処分の目的の希薄化や証拠の鮮度低下などの問題を引き起こす可能性があります。


最も重要なのは、「FMLAを取得したから処分する」のではなく、「規則違反があったから処分する」という明確なメッセージを、客観的な事実と一貫した手続きをもって示すことです。 懲戒処分は、違反行為が発覚し、必要な調査が完了した後、合理的な期間内に迅速に行われるべきです。不必要に時間を置きすぎること自体が、かえって不信感や報復の疑念を招くリスクがある点には十分注意してください。


7.差別訴訟において報復行為は最強のサブ武器であるというのは面白いです。アメリカでは訴状に証明できるか分からないクレームも請求できるのでしょうか?

A. アメリカの訴状は、日本と同様に法的根拠に基づいた事実を記述する必要がありますが、その自由度は非常に高いという特徴があります。原告は、主張したいすべてのクレームを訴状に盛り込むことができます。これは、アメリカの「ディスカバリー」という手続きの存在が背景にあります。ディスカバリーは訴訟の進行中に事実関係を明らかにするプロセスであり、これにより請求内容が整理されるため、訴状に記載されたすべての主張が直ちに証明できるとは限りませんし、それが訴訟効率を高めるというロジックに基づいています。したがって、訴状に記載された主張がすべて正しいとは限らない、という点は留意すべきです。


ディスカバリーの基本に関する動画は以下:

アメリカ法律力 第7回『アメリカのディスカバリー制度:基礎編』


8.報復行為の注意すべきシチュエーションで、従業員からの訴訟があった場合はアンテナを張るよう言われていましたが、具体的にどのような注意点がありますか?

A. 特に注意すべきは、現在も在籍している従業員からの訴訟です。このような状況では、感情に流されず、冷静に対応することが極めて重要です。セミナーでご紹介した報復行為のリストを常にチェックし、疑わしい行為がないか確認してください。

また、感情的な反応を避けるため不必要に距離を置くことは、かえって「サイレントトリートメント」などの間接的な報復行為と受け取られるリスクがあるため注意が必要です。大切なのは、原告側に従業員が報復を受けたという「ネタ」を与えないことです。具体的には、相手を睨む、ため息をつく、首を振る、舌打ちをするなど、不信感や敵意を示すと解釈されかねない言動は絶対に避けましょう。


9.ホットラインの導入によって現場担当者の負荷軽減になるとはどういうことですか?

A. マネージャー、人事部(HR)、総務などの現場担当者は、従業員と経営層の間で板挟みになることが多く、従業員からの通報の匿名性や秘密性を守ることにも多大な神経を使います。さらに、このような対応が将来訴訟になった際に責任追及されないか、自身のキャリアに影響しないかといった不安を抱えながら業務にあたっています。

報復行為差別は、単なる従業員個人の問題ではなく、会社全体の文化とリーダーシップに根ざした問題であることを認識することが重要です。ホットラインの導入は、まさに経営層のコミットメントを示すものであり、私はこれを「ベルト&サスペンダー効果」と呼んでいます。従来の報告経路(ベルト)に加え、ホットライン(サスペンダー)という別の経路を持つことで、現場担当者は疑義のある事案をホットラインに記録し、対応の客観性を確保できます。これにより、個人の判断による対応のばらつきを防ぎ、一貫性を確保し、結果として現場担当者の精神的・実務的負荷を軽減する安心材料となります。


10.Adverse Actionの「共同行為」とは何ですか?

A. 労働者の「共同行為の権利 (Concerted Activity)」とは、労働者が賃金、労働時間、労働条件などに関して、団結して行動する法的な権利を指します。この権利は、全国労働関係法(NLRA)によって保護されており、労働組合に加入しているか否かにかかわらず、すべての労働者に適用されます。

共同行為には、労働条件に関する議論や、雇用主への不満の提示をする権利なども含まれます。この共同行為を妨害することや、共同行為を行った従業員に対して不利益な扱いをすることは報復行為と見なされるため、企業は細心の注意を払う必要があります。



このセミナーが、皆様の企業が報復行為リスクを理解し、より安全で公正な職場環境を構築するための一助となれば幸いです。今後も皆様に役立つ情報を提供してまいりますので、引き続きSTOKにご注目ください。

今回の報復行為差別リスクのSTOKセミナーに参加・登録されなかった方で、録画が見たいという方は、今回に限り特別に動画リンクを共有しますので、私(内藤)までご連絡ください。 Moses Singer弁護士 内藤博久


9月のSTOKへのご参加もお待ちしています。テーマは以下です。


STOK第28回 知っておこう「テキサスでのビジネス展開と法制度のポイント~なぜ今テキサス?企業進出時に押さえるべき基本~


日程:2025年9月25日(木)

時間:18:00~19:30(EST) 17:00~18:30(CST)

         16:00~17:30(MST) 15:00~16:30(PST)

​         日本時間:9月26日(金)7:00~8:30

テキサスは、ビジネスに有利な法制度、立地の良さ、成長を続ける経済環境などから、全米でも注目を集めている州のひとつです。 本セミナーでは、アメリカ・テキサス州でのビジネス展開を検討中の日本企業の皆様に向けて、現地の法律、税制、雇用、不動産、エネルギー政策などを幅広く解説します。登壇するのは、米国有数の法律事務所 Baker Botts(ヒューストン) の弁護士3名。 英語での講演ですが、日本語同時通訳が付きますので、どなたでも安心してご参加いただけます。


アメリカでの会社設立やM&Aに関心のある投資家、コンサルタント、現地法制度の最新情報を知りたい方にお勧めです。


講師:

George Fibbe (Baker Botts弁護士)

Russell Lewis(Baker Botts弁護士)

Travis J. Wofford(Baker Botts弁護士)


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