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スターバックスの商標戦略に学ぶ:どのようにして「第三の居場所(Third Place)」ブランドを確立したのか?!

  • hnaito9
  • 11月5日
  • 読了時間: 15分

ブランドは偶然の産物ではない

スターバックスは単なるカフェやコーヒーショップではなく、「第三の居場所(Third Place)」「サードプレイス」体験というライフスタイルを世界中で提供するブランドです。スターバックスのブランドづくりの裏には、会社名や商品名の名称、ロゴだけではなく、お店全体の雰囲気、注文時の言葉遣いや表現、色彩に至るまでを知的財産権(Intellectual Property: IP)として守る多層防御型の商標戦略があります。本記事では、その構造と意図を分解し、一流ブランドの商標権に関する戦略や活用方法、そして意識やマインドに至るまでを解説していきます。


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I. 第三の居場所(サードプレイス)の定義

「第三の居場所」とは、社会学者のレイ・オールデンバーグが提唱した概念で、人々が日常生活の中で、自宅(第一の居場所)と職場・学校(第二の居場所)のどちらでもない場所で、安らぎとコミュニティを感じられる場所を指します。


商標戦略との結びつき

スターバックスの商標戦略は、この「第三の居場所」というコンセプトを、少なくともコーヒー業界においては、その価値観を独占するために構築されているのです!

以下は、スターバックスが保有する第三の居場所をブランド化するための商標権リストの一部です。ちなみに、スターバックスにとって重要な商標権の区分は、29類(食肉・加工食品等(乳製品を含む)、Ready-to-Drink飲料)、30類(コーヒー等の主食的加工食品)、32類(清涼飲料(非アルコール飲料))、35類(小売・広告等の役務)、43類(飲食物の提供(カフェ等))となっています。


表1:スターバックスの商標権リスト(米国USPTO)

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スターバックスは、上記以外にも、米国のUSPTOにおいて160以上の登録商標を保有しています。どのような商標を持っているかを確認すると、スターバックスのブランド戦略が見えてきます。スターバックスが保有する登録商標を確認してみたい方は、USPTOでの簡単な商標調査のやり方をまとめた動画がありますので、こちらも参考にして下さいね。


USPTOのデータベース(TESS)を使ってみよう:自分でできる最も基本的な商標調査https://www.youtube.com/watch?v=f8F7o9p-OKs

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II. スターバックス(メイン)シンボルの進化

「第三の居場所」ブランドを確立する中で、スターバックスがどのようにしてメインシンボルとなる商標を、戦略的に進化させていったかを見ていきます。スターバックスのシンボルの進化は、商標の識別力を段階的に強化し、事業の多角化に対応する戦略的なプロセスとなっています。


1. 文字商標からのスタート

ブランドづくりは、「文字商標」から始まります。文字商標は、ブランドの基本となる識別力を確立する上で重要です。たとえば、スターバックスの文字商標「Starbucks Coffee」(表1-1)のように、事業の初期段階では、何を売っているのか(例:コーヒー)を明確に伝える本質的な識別力の基本シンボルとなります。


<文字商標の課題>

文字のみでは、相当なリソースをかけない限り、競合との差別化を図るには限界があります。文字商標は、視覚的なインパクトに欠けるところがあるからです。また、グローバル展開する場合においては、文字商標の「言語の壁」も考慮する必要があります。加えて、文字の商標は、言葉のトレンドに影響を受けやすいという問題もあります(例:i-からはじまるマークや、お茶ブームによる、MachやMatsuなどのワードが突然増えること)。


2. コンポジットマークの活用

文字商標は継続的に使用は続けるものの、スターバックスは、メインのシンボルを推し出すために、文字商標単体ではなく、文字とセイレーンのデザイン・ロゴ(表1-6)を組み合わせたコンポジットマーク(結合商標)をメインとして使用することになります(表1-4)。コンポジットマークについては、今のデザインに至るまで、スターバックスでは色々な進化・変更(表1-2、表1-3)がされています。

<コンポジットマークの作用>コンポジットマークは、文字だけの商標と比較して一般的に、消費者により具体的で強いイメージを喚起し、インパクト力も高いと言われています。たとえば、スターバックスの場合、Starbucks Coffeeという文字にセイレーンのデザイン・ロゴといった視覚的要素を追加することで、消費者の記憶に残りやすいものとしています。またコンポジットマークにはもうひとつ重要な作用があり、それは、消費者に対してロゴマーク(セイレーン)をブランドの主要なシンボルとして認識させるという作用です。これにより、セイレーン自体がスターバックスの「顔」として機能し始めます。


3. ロゴのみの最終進化

スターバックスが現在メインシンボルとして使用しているのが、セイレーンのデザイン・ロゴのみ(表1-6、表1-7)の商標(コンポジットマークの円の外側の文字を外す)です。ロゴマーク(セイレーン)だけで消費者にブランドが認識されることは、その商標が極めて高い識別力(周知性・著名性)を獲得し、強いブランドであることを示しています。


<ロゴマーク進化の意味>文字、特にCoffeeという文字を取り除くことで、コーヒーに限定されないビジネスへと拡大することを意味しています。まさに、「第三の居場所」ブランドを消費者にもっとも感じさせるメインシンボルのかたちといえます。そして、文字情報を排除しロゴ単体のブランドとすることで、言語の壁のない「第三の居場所」体験のできる空間の認知度を確立することにも成功しています(グローバルに通用する形)。


III. 商標権によってタッチポイント(顧客との接点)を増やす

スターバックスは、メインシンボルを進化させ、「第三の居場所」という独自のブランドを確立させてきましたが、スターバックスの商標戦略はそこでは止まりません。スターバックスは更に、文字商標を商品、体験、文化の三層で強固に保護することで、競合他社にはない付加価値を生み、「第三の居場所」ブランドの精神を深めていきます。

その中で特に重要となるのが以下に挙げる文字商標ですが、これらの商標は単なる名称ではなく、「スターバックスらしさ」を構成する「ブランド言語」と「独自の価値」そのものと言えます。


表2:スターバックスのサブブランド

商標

識別される対象

コメント

Frappuccino

商品名(特定のフローズンドリンク)

主力商品名。他社によるフローズンコーヒー飲料における名称の模倣を排除するとともに、一般名称化することを徹底的に回避。「フラペチーノといえばスターバックス」という強力なイメージを独占する。

Yukon Blend

商品名(特定のコーヒー豆)

特定のコーヒー豆のブレンド名。豆の風味、品質、産地といった特定の価値を持つ商品に固有の名称を与え、スターバックス独自の風味があることを伝える。

Double Shot

商品名(缶やボトルで販売されるエスプレッソベースのチルド飲料)+店内カスタマイズ用語(エスプレッソのショット数を示す)

商標二重の役割。Ready-to-Drink市場でのプレミアム商品を展開し、「第三の居場所」体験を店舗外でもできるよう(時間と空間を越える)にするためのブランドの出口的役割。同時に、カスタマイズ用語として利用することで、高い専門性や品質基準のイメージを高め、ブランド全体の信頼性を担保する。

Venti

サービス呼称(ドリンクのサイズ)

独自のサイズ呼称。イタリア語由来の独自用語を用いることで、標準的な「L」サイズなどとは異なる特別感、高級感を演出する。独自のブランド体験の基盤となる店内用語をわざわざ使用させる。

Greener Apron

サービス・プログラム名(企業文化/CSR活動)

従業員教育プログラム名。環境教育やサステナビリティに関するトレーニング、またはその活動を示す名称。企業の倫理的な側面をステークホールダー(特に従業員と顧客)に訴求する要素であるが、スターバックスがグローバルで掲げる「リソース・ポジティブ(地球から取る資源よりも返す資源を多くする)」という高い目標を世に示すことで、企業価値を高める。倫理的基盤の強化。

スターバックスのタッチポイントづくりでは、主に文字商標をサブブランドのように使用していて、マーケティング上の懐古的価値の維持を図っていることが分かります。


IV. スターバックスのトレードドレスや色の戦略

スターバックスは、独自の「第三の居場所」ブランドが、より直感的で普遍的(ユニバーサル)に認識されるよう、トレードドレスや色を積極的に使用・保護する戦略を行っています。スターバックスのような有名ブランドは、トレードドレスや色(Color)といった、従来の文字やロゴなどの平面的ではない非伝統的な商標を重視していることが多いです。このような商標をどのように活用・保護し、ブランドづくりをするか戦略的に取り組んでいることが、特徴的で重要な側面となっています。というのも、トレードドレスや色などの非伝統的商標は、その権利の確立と保護がとても難しく、緻密な戦略が求められるからです。


トレードドレス

トレードドレスは、商品やサービスの全体的な外観(Total Image、Look and Feel)を保護するもので、スターバックスの場合、統一的な店舗デザイン、従業員の制服、ホットカップのデザインなど視覚的な要素の組み合わせが保護されています。

米国におけるトレードドレスの保護は、以下の2つの要件を満たすことが重要です。


  1. 非機能性(Non-Functionality):そのデザインが、製品やサービスの利用における機能上不可欠ではないこと。

  2. 識別力(Distinctiveness):そのデザインが、特定の出所(スターバックス)を識別する役割を果たすこと。こちらについては、一般的に継続使用して、後発的な識別力の獲得を図ることになります(セカンダリーミーニングと呼ばれる)。


そして、ここが重要なポイントになりますが、米国では、上記2つの要件をクリアし継続使用されていれば、たとえUSPTOで商標登録していなくても、米国の商標権を保護する連邦法の連邦商標法(ランハム法)や各州の不正競争防止法において、スターバックスのお店デザインや従業員のエプロン(ユニフォーム)などが、トレードドレスとして保護される(保護されうる)ということです。

→米国の商標権は、日本や他の国の「先願主義・登録主義(登録したもの勝ち)」とは異なり、「使用主義(使用したもの勝ち)」となっていて、商標権は登録がされていなくても、その権利が確立し保護されることが大きな特徴です。


<逆に登録しない方が融通が効く?!>

トレードドレスの商標登録は可能ですが、もし登録した場合、その登録内容に「縛りを受ける」といったマイナス要因について懸念する必要があります。たとえば、店舗デザインのトレードドレスの保護は、「全体的な印象(Total Image)」に対して与えられたもので、店舗を構成する個々の要素を切り取って保護するものではありません。他方、商標登録する場合は、どんな店舗デザインがトレードドレスなのかを公に示す必要があるため、細かい要素を説明する必要が出てきます。そして一度登録がされると、これは文字商標やロゴ登録の場合も同じですが、登録内容から逸脱した使用をしてしまうと、せっかく登録した商標権の保護が及ばない、または継続使用がないとして最悪の場合、商標登録が破棄されるリスクがあります。店舗デザインや従業員のユニフォームなど、細かい要素は時代とともに変化することが頻繁にあります。そのため、あえて登録せず、未登録の権利として継続する方が、全体のイメージを保護しやすい、というところがポイントです。ちなみに、登録をしないリスクは、実際トレードドレスとして保護されるか否かは、裁判になってみないと分からない、というところがあります。

もうひとつの大切なポイント:スターバックスの場合、ホットカップのデザインについては、トレードドレスとして商標登録を行っています(表1-14、表1-15)。これは、コカコーラのボトルデザイン(瓶の形状)と同じで、非常に強力なブランド識別子となっています。


色(Color)

米国では、単一の色であっても、それが商品やサービスの出所を識別する機能を果たしているのであれば、商標として登録・保護されます。登録・保護の条件は、上記に示したトレードドレスの2つの要件とほぼ同じです。

例:ティファニー・ブルーのジュエリーボックスやUPS・ブラウンの配達トラックなど。

一般的に、コーヒー業界では緑色自体が多くのお店で使用される色であるため、単独「緑色」を独占するのは、スターバックスのような有名ブランドにとっても非常に困難となります。

<色と何か?!を結合(コンポジットマーク)する作戦>

そこで、スターバックスは、スターバックスグリーン(スターバックスの深い緑色)をロゴ、ホットカップ、エプロンなどと結合させ、そのイメージや色相、組み合わせを保護することで、間接的にグリーンを独占するという戦略をとっています(表1-5、表1-7、表1-15)。この場合、商標登録はできないのと、色が未登録商標として保護されたとしても、その保護は、特定の図形(ロゴ)や形態(エプロン、ホットカップ)における緑色に限定されます。それでも、色という視覚的にイメージ力の高いものを、他者が利用できないよう独占コントロールできることが大きな力であり、スターバックスの「第三の居場所」ブランドづくりには欠かせない要素となっています。


V. 権利があるからこそ、ポリーシングも徹底する

スターバックスは世界的に著名な商標として認められていますが、それは、本記事の中でも説明したように緻密かつ継続的な商標戦略を行っている結果となります。ただし、文字、ロゴ、トレードドレス、色など商標の選定と権利の獲得のやり方の方針を決めることだけが、商標戦略ではありません。商標のような知的財産権は、獲得してからがスタートであり、その権利を活用するためには、積極的かつ厳格な保護活動(私はこれをポリーシング(Policing)と言っています)を実施していく必要があることを忘れてはいけません。

私が大切だと思うポリーシングは以下です。


表3:ブランドを守るためのポリーシング活動

分野

主要活動

概要説明

目的

I. 継続的な監視、調査

1)商標調査

商標庁のデータベース、インターネットなどにおいて同一・類似の存在を確認

言葉のトレンドや、識別力が弱くなっていないかを確認する。普通名称化の予防。


2)デジタル・ソーシャルメディアの監視

ドメイン名、SNSアカウント名、オンライン広告などデジタル空間での無断使用やなりすましを追跡

ブランドの評判(レピュテーション)を保護し、消費者に対する誤認混同を防止


3)商標Watch

既存の登録商標と同一・類似のマークが、商標庁を通じて新規出願されていないかを継続的に監視する。異分野の出願も対象に含めて、グローバルレベルで調査する

冒認出願を早期に発見し、異議申立てなどの低コストな手続きで他社の権利化を阻止し、ブランドの独占性や、ブランドが拡張する自由を守る

II. 権利行使・対外措置

4)警告状の段階的運用

侵害者に警告状(Cease and Desist Letter)*を送付し、侵害行為の停止を求める

訴訟を回避しつつ、和解による早期・低コストな解決を図り、権利者の毅然とした姿勢を示す


5)共存契約(Coexistence Agreement)の利用

自社商標と類似するマークの使用者と、使用する商品・地域・態様を限定する内容の契約を締結する

訴訟を回避しつつ、他者との協力・合意において、市場における消費者の誤認混同を防ぐ境界線を画定する


6)権利侵害訴訟

警告状が無視された場合や、意図的かつ悪質な侵害に対し、裁判を通じて損害賠償や差止命令を求める

他者のフリーライド(便乗)を厳しく抑止し、業界全体に対する侵害行為の予防効果を高める


7)不使用取消審判請求

他社の登録商標が一定期間(通常3~5年)使用されていないことを理由に、その登録を取り消すよう商標庁に請求する

自社の新規出願や事業展開の障害となっている休眠中の権利を除去し、市場参入を円滑にする

III. 水際対策

8)税関への権利登録と連携

主要国の税関当局に商標権を登録し、国境通過時(輸入時)に模倣品・偽造品が発見された際の差し止め(水際措置)をする

偽造品が市場に出回ることを未然に防ぎ、ブランドの価値の保護と消費者の安全を確保する

IV. 内部管理・教育

9)ブランドマネージャーの育成

組織内で商標管理・使用ガイドラインを監督する責任者を育成し、正しい商標使用の知識を徹底させる

ブランドの視覚的・言語的な一貫性を維持し、社内での誤用による識別力の低下を防ぐ


10)ポリーシング基準(ポリシー)の策定・見直し

監視頻度、警告状送付基準、訴訟の基準、無効申請の基準など、全てのポリーシング業務の判断基準を策定し、事業戦略に合わせて定期的に見直す

権利行使の一貫性と公平性を保ち、事業の成長に見合った最もコストエフェクティブな権利保護戦略を維持する

「わ、長いリスト!」と思われた方も多いと思います。もちろん、上記リストにあるポリーシング業務をすべて徹底するとなると相当なコストと時間を要することになります。スターバックスのような大手では別ですが、中小企業においてはリソースは足りず、すべてやりこなすことは不可能です。ただ、ここでこのリストを記載したのは、2つのことを、ここまで長い記事を読んでいただいた皆さんに伝えたいからです。


1つ目は、本記事で皆さんが注目するのは、最初のI.からIV.の部分になるかと思いますが、商標権は、登録・獲得して終わりではなく、そこから、その権利を活用するために「守る」という本当の責任が生じることになります。残念ながら、この部分を忘れている企業は多く、そのため、守りにくい商標権を取得・獲得している、またはせっかく素晴らしい商標をとったのに弱いブランドとなってしまう、ということが起きています。


2つ目は、スターバックスももともとは小さいところからスタートしているということです。リソースに制限はあれど、「どう守るか?どこまで守るか?」を意識せず、コンポジットマークやロゴなどのブランドシンボル、緑の色相、お店やホットカップのデザイン、文字商標中心のサブブランドなどを時間をかけて作り、守り続けることができたでしょうか?それ以上に、「第三の居場所」ブランドといったスターバックスにしかない価値を生み出すことができたと思いますか?ブランド力は、偶然には起こりません。世界的に著名なブランドを持つ企業には、商標を単に「取れれば良いや」「登録できれば更新するまで放置」といったメンタリティーはなく、大きなブランドになる前から商標を守ることの重要性を意識しているのです。


スターバックスの商標戦略を参考に、ブランドづくりについて、今一度、考えてみるのもいいかもしれません。



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