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ブランドづくりを考える:ワシントン・レッドスキンズの教訓(前編)~商標変更をする「理由」と「タイミング」~


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ブランドは常に「社会」を映す鏡!!


企業にとって、商標は単に登録しておけばそれで終了となるものではなく、取得してからはじまる知的財産権となります。なぜなら、商標は顧客の信頼、記憶、そして愛着の結晶であり、「ブランドの力」そのものだからです。商標を裏付けとするブランドの力には、他社と区別する識別力、ブランドビジネスのための資産価値力、消費者の記憶に訴えるインパクト力、長期間にわたる使用の在り方を示す継続力、ブランドの価値観やストーリーを伝える共感力、そしてブランドを侵害行為から守るフリーライド対抗力が含まれます(「ブランド6項目」といいます。) *ブランド6項目の概要はBRIPプログラムのサブスクコンテンツに掲載していますので、加入者はぜひ、ご覧ください。


しかし、社会は絶えず変化します。そして言葉のトレンドが変わり、社会構造などが変わるにつれ、企業の商標が持つ意味合いや、アピールも変化していくことがあります。そして、中には、企業の商標が社会の変化と乖離してしまい、負の効果や連想を生み出すこともあるのです。そうならないよう、ブランドオーナーは積極的に自社の商標のブランド6項目がどのような状況であるかを分析し、必要に応じて、プロアクティブ(先制的)に行動する準備をしておくことが重要です。これこそが、顧客のロイヤルティを守り、ブランドの失墜を防ぐための鍵となります。



企業が商標を変更する4つの主要な理由

社会の変化によっては、時に企業は、ブランドの方向性(商標の見直し)を余儀なくされます。では、企業が商標の変更に踏み切る主な動機は何かというと、以下4つに示すような、「時代への適応」と「ブランド戦略の最適化」にあります。


  1. 時代に合わせる(Stay Relevant): 古風で陳腐化した商標は、企業のイメージやブランドを時代遅れに見せてしまいます。現代のトレンドに合わせてデザインの刷新・変更が行われます。

  2. 新たな戦略や方向性の反映(Reflect a New Strategy): 新商品の展開、ビジネスモデルの拡充、合併や買収(M&A)などによる事業の大きな転換期には、新しいアイデンティティを反映するために商標が変わることがあります。

  3. ネガティブな効果や連想への対処(Address Negative Impact/Associations): 時代の変化にともない、意図せず商標がネガティブな効果や連想を生んだ場合、それを解消するために変更を行います。また、競合他社との商標侵害リスクを回避するためにも変更されます。

  4. 技術的要請と市場の圧力: インターネットやモバイルといった新しいテクノロジーの移行期には、ブランドを新しいメディアに適応させるため、商標の変更が行われます。例えば、小さい画面でも認識しやすいよう、商標の簡素化がされます。



ケーススタディ:ワシントン・フットボールチームの「強制的な変更」

アメリカンフットボールチームのひとつワシントン・レッドスキンズ(Washington Redskins)の事例は、「商標のプロアクティブな変更を怠った代償」を示す、スポーツ史に残る教科書的な事例ですので、紹介します。

ワシントンDCにあるフットボールチームですが、1937年から「レッドスキンズ」という名称と、ネイティブ・アメリカンの顔を象ったロゴをチームのヘルメットなどに使用してきました。しかし、この「レッドスキンズ」という名称は、ネイティブ・アメリカンの組織団体からはもちろん、主要な辞書においても、長年にわたり人種差別的な蔑称(Racial Slur)であると言われ、商標の変更を求める声は数十年にわたって高まっていきました。そのようなネガティブなインパクトがあったにも関わらず、長い歴史の中で育ててきたブランドを捨てきれず、レッドスキンズの元オーナーは「商標は絶対に、変えない」と公言し、頑なに抵抗し続けたのでした。


変更を強制した「決定的なトリガー」

チームが最終的に商標変更を余儀なくされたのは、長年の道徳的・社会的圧力に加えて、以下のような「経済的・商業的な圧力」が発生したのが原因でした。


  1. 社会正義のうねり: 2020年のジョージ・フロイド氏の事件以降、全米で人種的な正義に関する意識が高まり、問題の商標を使い続けることが難しくなりました。 * ジョージ・フロイド氏は2020年5月25日、ミネソタ州ミネアポリスで白人警察官による過剰な拘束行為を受けて死亡し、この事件は全米および世界で大規模な抗議運動「Black Lives Matter」を再燃させ、人種的正義への意識を大きく高めた


  2. スポンサーによる最後の通告: スタジアムの命名権を持つFedEx、そしてアパレル供給元のNike、飲料大手のPepsiなどの主要な企業スポンサーが、「商標の変更をしない場合は、スポンサーを撤回する」といった要求がありました。


このように、ブランドの評判と収益に致命的なダメージを負う事態に直面し、その時にやっとフランチャイズは抵抗を断念し、2020年7月に「レッドスキンズ」の名称とロゴの廃止を行うことに決めます。まさにこの変更は「強制的な決定」となったわけです。



前編のまとめ:遅延のコスト

このケースから得られる最初の教訓は、問題解決を先延ばしにするコストは、変更のコストよりも遥かに高いという点です。


チームが自主的に、早い段階で商標の変更を主導していれば、社会正義のリーダーとして称賛され、新しいブランドの物語を自らコントロールできたはずです。しかし、拒否し続けた結果、最終的な変更によってブランドの評判は損なわれ、それは長年培ってきたファンベースにも影響を及ぼすことになってしまいました。

ここに、このケーススタディにおける2つの教訓をまとめます。


教訓1:危機はプロアクティブにコントロールせよ

レッドスキンズの最大の失敗は、変更そのものではなく、変更を遅らせたことにあります。社会的な倫理観が変化しているにもかかわらず、元オーナーが何十年も「NEVER」と抵抗し続けた結果、最終的な変更は「倫理的なリーダーシップ」ではなく「企業からの圧力への屈服」として受け止められました。


同時に、本ケースの問題は、私は、商標の持つブランド6項目の分析を十分に行っていなかったことにあると思います。ブランド6項目の分析がなければ、商標の問題にプロアクティブに対処することはできません。プロアクティブな対応ができていれば、チームは自ら物語をコントロールし、「倫理的な刷新」というポジティブなメッセージでファンを統一し、ブランド力を高めることができたはずです。


教訓2:抵抗はコストを倍増させることがある

時代に求められていること、或はブランドの変更に求められていることに、長年抵抗することは、最終的に多大な経済的コストとブランドの評判の低下を招くリスクがあります。スポンサーの撤退という形で変更を強いられた結果、リブランディングの主導権と計画的な実行の機会を失ってしまうとしたら、今まで築いてきたブランド力に対するダメージは計り知れません。これは、「商標を守る」という姿勢が、時代によっては「ブランドを傷つける」行為になり得ることを示しています。


【次回予告】 商標の変更を強いられたレッドスキンズは、急場しのぎで「ワシントン・フットボールチーム」から「コマンダーズ」へと移行しました。しかし、この混乱した2段階のリブランディングが、実は商標戦略の視点からはもっと深刻な問題となった・・・というお話を分析していきます。


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